七帝柔道記Ⅱ(増田俊也)

現代に可能だった美しい青春

中学生の頃初めて読んだ井上靖の自伝的小説三部作(しろばんば、夏草冬濤、北の海)が好きで、その後も何度も読み返している。特に『夏草冬濤』から『北の海』で描かれる10代半ばから後半に出会う魅力的な友人たちと主人公の描写は面白い。『北の海』では旧制中学を卒業して浪人生活を送っている主人公が『練習量がすべてを決定する柔道』に憧れて四高の夏合宿に参加する日々が描かれるが、その続編を意識して描かれたのが前作の『七帝柔道記』であり、そのまさかの11年振りの続編が本作である。こちらも作者の自伝的小説で前作で北大の下級生だった主人公たちの上級生時代が描かれる。時代は昭和の終わり頃。


七帝柔道とは旧帝大七校で行われる寝技中心の柔道で、各校15名ずつの勝ち抜きで行われる対戦形式であり、現在も続いているようである。当時の北大は万年最下位であり、前作ではまさに練習量がすべてを決定することを意識した北大チームが苦闘するも結局は最下位を脱出できなかったことが描かれたが、上級生になった主人公たちは最下位脱出できるのか?


作者は綿密な取材に基づいたノンフィクションである『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し一躍有名になったが、その後の自伝的小説の『七帝柔道記』や『北海タイムス物語』では作者の青年期における柔道や仕事への熱中や個性的な登場人物の魅力を描いている。本作では結婚相手との出会いやそれによる大学中退の葛藤も描かれるが、その辺りは割とあっさり描かれており、七帝戦や東北大学定期戦に向けてますます練習量を増やして苦闘する姿や試合の経過を中心に描かれる。下級生時代はのびのびと暴れていた主人公が上級生としての責任や怪我との苦闘と向き合う姿は感情移入でき、前主将の和泉さんやもう一人の主人公と言える同期の竜澤らも引き続き個性的な活躍を見せ面白い。


『北の海』については昔、沢木耕太郎も<現代に不可能な美しい青春>という題で書評を書いており、<青春の書>として激賞しつつ、最後に以下のように書いている。
  - わかっているのは、『北の海』の主人公のように<練習量がすべてを決める柔道>に惹かれるような、単純で美しい青春の原理を胸に抱き続けることが、現代では不可能だろうということだ。
(『路上の視野』ペーパーナイフより引用)


ところが、その頃でも<単純で美しい青春の原理>を持っていた若者もいたということを作者は描いている。ちなみに、本書では主人公が『深夜特急』を何度も読む姿が描かれるが、その後ノンフィクション作家となる作者は沢木さんに憧れていたのかなと思ってググってみたら作者のインタビュー記事に以下の記述があった。それと、七帝柔道記シリーズは「Ⅳ」まで書くとのこと。楽しみです!増田さんはⅡの後で中退しちゃうと思いますが、下級生に主人公を引き継ぐのかな?
  - 先日、沢木耕太郎さんとのメールのやりとりで「七帝柔道記シリーズは『深夜特急』を定点観測
   でやったらどうなるだろうと思って書いた小説です」ということを書きました。
https://book.asahi.com/article/15317074

追記)9/17放送の『マツコの知らない世界』で大学応援団の世界が特集され、早稲田と北大の応援団でそれぞれ活躍する兄弟が出演していた。その中で旧七帝大が参加する応援部の七大戦の模様などが放映されていたが、それぞれ個性あふれる応援団の中でも北大応援部は長髪、高下駄、ボロボロの羽織など着ていて、各校に比べても突出してバンカラな応援団だった。七帝柔道記シリーズにも応援団が出てくるが、当時の北大や北大生の雰囲気が伺え、興味深かった。

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