結願!!!
いよいよ最終日である。
いつも通り4時に起きて宿の共用スペースにいると、早起きでうどんですか?と声掛けられる。この神奈川から来た30才位の人は今日からバイクでうどん屋巡りをするらしく、まずは6時開店の店に5時30分頃に行って今日だけで4、5軒廻るそうだ。この宿に泊まっているのはほとんどがお遍路とは知らなかったようで、私も同じ趣味と思ったようだ。
出発前に宿のご主人と雑談。マメがまったく出来なかったことを話すと驚かれた。ご本人も5回ほど廻ったが、いつもマメに苦しむそう。マメ防止のクリームであるプロテクトJをご存知なかったので教えてあげる。
7時少し前に宿を出発、7時50分に前山ダムのほとりに立つ前山おへんろ交流センターに到着。ここでは、歩きもしくは自転車のお遍路向けに遍路大使任命書(八十八か所を完走した証明書)を発行してくれる。88番礼所大窪寺まではまだ6キロほどあるのに完走の証明書を出すのは少々フライング気味の気がするが、もちろんありがたくいただくことにしていた。8時が開館の時間なのでまだ開いていないかと危惧していたが、既に開いていた。
中に入り申請書を記入。任命書を作成いただいている間にセンター内を見学。四国八十八か所の地形がわかる模型やお遍路の歴史などが展示されていた。まもなく任命書が出来たのでバッチなどとともにいただく。
担当の女性から大窪寺にはどのコースで行くかを聞かれる。大窪寺へは、コミュニティバスも通っている平坦な車道沿いに行くコースと、女体山という標高800メートル近い山を越えるコースがある。数日前にある人に聞いたら最後に女体山を越えるのが達成感があるので絶対おすすめとのことだった。担当の女性に多和神社、女体山経由で行く予定と話すと、女体山は昨日の雨で滑りやすくなっているので注意が必要、また最後の登りは手を使って登る必要あるとのこと。おおっ、お遍路の途中にワークマンで買った100円のゴム手袋が初めて活用できるか。
1時間ほどは舗装路の緩やかな登り続くので、スマホで音楽を聴きながら感慨を高め、これまで泊まった宿や知り合った人たちを思い浮かべる。塗り薬をあげた関西人は元気に進んでいるか?、三重の短パンの人は明日着くだろう、カナダ人夫妻は今頃高松や直島を観光しているだろうが数日後に着くだろう。
山道に入り急な登りが続き、最後はしがみついて手を使う岩登りの斜面が結構な長さ続く。お遍路で一番の難所と言える。100円ショップで買ったグローブはゴム臭く今まで使う機会なかったが、捨てないで良かった。10時30分頃女体山頂着。残念ながら曇り。でもずっと雨だったので今日は降らなくて良かった。降りる途中、眼下に大窪寺が見える。
山道を歩くと11時頃に結構突然に88番礼所大窪寺の境内に到着。サンチャゴ巡礼だとゴールのサンチャゴまであと何キロとしつこいくらい案内が書かれているが、ここは山を降りると突然のクライマックスである。しかも門を通らず、脇道からの到着である。
近い宿から早い時間に着いたせいか境内に知っているお遍路はおらず、というか歩き遍路自体がいない。廻りに人いないので自撮りで記念の写真を撮る。ゴールのお寺とはいえ他のお寺とあまり変わった所は無い。使い終えた金剛杖や菅笠を奉納する所があるくらいか。結願した人向けのセレモニーも特に無い。納経所の人がおめでとうございますと言ってくれるくらい。せめて後から来る人向けにメッセージを書いて10日くらい消さずにいてくれる伝言板でもあればいいのになと思った。ちなみに納経書では2,000円払うと結願証という賞状が貰えるが、おへんろ交流センターで同様のものをもらった後で2,000円払う気もしなかったので貰わず。
境内には、広島から福岡に持ち帰った原爆の火から移された火が灯されている。
12時15分のバスまで時間あるので、お寺の門を出たところにあるうどん屋兼お土産屋の小上がりでビール、日本酒、おでん、なめこ山菜で結願を乾杯し、締めにぶっかけ卵うどん食べる。結局うどん県での6日間のうち4回昼食にうどんを食べたことになる。
明日は高野山にお礼参りに行く予定。大窪寺からは徳島から和歌山にフェリーで行くルートなどもあるが、私はコミュニティーバスでJRの駅に出て高松に移動し、高松から大阪の難波に高速バスで移動して、明日難波から高野山に電車で行くことにしていた。
この日は難波のホテルに泊まり、翌日、高野山を参拝した。高野山も大雨。お遍路の後半は4月後半なのに雨の日が多かった。高野山も外国人が多かった。日本人は車や団体バスで来る人が多いようで、高野山内の周回バスはほとんど外国人だった。高野山奥之院では納経帳の最初のページに納経(御朱印)をいただいた。
最後に
振り返ると、最初の徳島では足の痛さに悩まされたが、高知以降は足は極めて順調で、疲れもほとんど感じなかった。家に帰ってから疲れが一気に出た。
それでも、重いザックを背負って毎日30キロ前後歩くのはしんどく、雨、暑さ、幹線道路を歩くときの退屈、肩の痛みなどとの戦いの毎日だった。
しかし、歩き遍路をやっていると一日にいくつもの小さな幸せを味合うことができる。朝元気な時間に歩く爽快感、地元の人や宿の人から受けるお接待や親切、目的の礼所や宿に着いた時の達成感、お遍路宿での食事、お遍路仲間との交流やまた会えた時の喜び、歩いてこそ感じられる美しい四国の自然や花木など。
お遍路をしているとよく何回目かと聞かれる。何回も廻っている人がいるとは知らなかった最初は違和感があったが、実際に7回目、8回目という人も多く、そういう人は四国病にかかったと言われている。今は何回も廻る人たちの気持ちは理解できる。
多分、また来ることはあると思うが、その前に四国以外を歩くか、今度来るときは順打ちか逆打ちか、思い切って別格二十霊場も合わせて廻るか、そんなことを考えている。
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